
「中国人の箸の使い方って、なんだか雑に見える」
「なぜあの持ち方で食べられるの?」
「マナーがなってないんじゃないの?」
中国人との食事中に、こんな違和感を覚えたことがある方は多いはずです。SNS上でも「箸のマナーが悪すぎる」といった中国批判はたびたび話題になっています。
ですが、それは本当に「マナーが悪い」のでしょうか?
あるいは、「自分たちの常識」と異なるものに対して、怒りや不快感を覚えてしまっているだけなのでしょうか?
この記事では、中国人の箸の持ち方が日本人に乱雑に見える理由を、文化的・歴史的な背景や価値観の違いから解説します。さらに、日本人がこのテーマで怒りを覚えてしまう構造にも触れながら、常識そのものを見直す視点を提示します。
(下記動画『向往的生活第五季』9:50~参照)
中国人の箸の使い方は「バラバラ」で当然
中国のバラエティ番組『向往的生活1第五季』の中で、あるシーンが話題になりました。

人気アーティストの張芸興(チャン・イーシン)2が食事中に見せた箸の持ち方に、共演者の何炅(ホー・ジョン)3が「それ、持ち方間違ってるよ」と苦笑交じりにツッコミます。対して、俳優の黄磊(ホアン・レイ)4がこう言い返しました。
「中国人の箸の使い方は千差万別なんだよ」
実際、多くの中国人は箸の持ち方に対して日本人ほど神経質ではありません。

日本人の目には不器用で下品にすら映る持ち方でも、中国人当人にとってはまったく問題視されていないことがほとんどです。
なぜ中国人は「箸の正しい持ち方」に無関心なのか?
この違いの根本には、「箸=道具」ととらえる文化的スタンスがあります。
機能性重視の道具感覚
中国人にとって、箸は「食べ物を口に運ぶためのツール」
上手く掴めればそれでいい。誰かと一緒にいて恥をかくものではない。見た目や持ち方より、食事を楽しむことが優先されます。
これは、農耕社会に由来する実利主義の価値観とも関係しています。
中国文化は何事も実用性を重視し、形式よりも結果に重きを置きます。
箸の持ち方が上手でも、食べられなければ意味がありません。逆に、見た目が多少変でも、ちゃんと食べられれば合格なのです。
教育における位置づけの違い
日本では箸の持ち方は「しつけ」の一環として、幼少期から厳しく指導されます。「ちゃんと箸を使えない=親の教育がなっていない」と見なされ、社会的評価に直結します。
対して中国では、箸の持ち方は「小さい問題」として扱われます。教育の中でも重視されることはほとんどなく、食文化におけるフォーカスは「何を食べるか」「どう楽しく食べるか」のほうにあります。
http://kawaguchi.ypu.jp/QF16.pdf(中国の食事マナーについて、山口県立大学国際文化学部国際文化学科 3 年 千葉明里 参照)
日本人はなぜ怒るのか?──箸と“常識”の同一化
日本では、箸の持ち方には「人格」「知性」「育ち」が投影されます。
たとえば以下のような言説はよく耳にします。

- 「箸の持ち方が変=育ちが悪い」
- 「箸のマナーが悪いとモテない」
- 「箸がちゃんと持てない人とは一緒に食事したくない」
つまり、箸の持ち方は、日本ではマナーだけでなく、人間性の基準としても扱われています。
これは世間体や空気を読む力を重視する日本社会特有の構造です。
「他人からどう見られるか」を基準にして自分の振る舞いを整える日本人にとって、箸のマナーが乱れている=秩序を乱す行為に見える。
その結果、「あの持ち方は非常識だ」「マナー違反だ」という怒りが湧き起こるのです。
https://benesse.jp/kosodate/201801/20180105-1.html 【専門家】箸の持ち方の練習はいつから? 教え方は?子どもが使いやすい箸の選び方やトレーニング箸も紹介2025/03/25ベネッセ教育情報サイト子育て・家庭教育│調査・研究データ|ベネッセ総合教育研究所
箸マナーを叩くのはストレス発散でもある
もうひとつ注目すべき点があります。
日本人は、箸のマナーを通じて他人を裁く文化があります。それは、ある種のストレス発散やマウント行為にもなっているのです。

- 「箸もまともに持てないなんて」
- 「親のしつけがなってない」
- 「バカに見える」
こうした発言は、相手を常識という土俵に引きずり上げて叩く行為です。
そしてそれによって、自分の正しさや優位性を再確認することができる。箸のマナーは日本人にとって、他人を評価しやすい題材です。それによって、自分の正しさを確認し、安心する仕組みもあります。
https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20241031-OYT8T50004(讀賣新聞オンライン|箸の持ち方が汚いから別れたい?「誰にも迷惑かけてないのに」なぜ?2024/10/31 13:10公開 参照)
「正しい持ち方」の押しつけが文化摩擦を生む
異文化間では、何が正しいかは常に相対的です。
中国人の箸の持ち方を見て、「変だ」と感じるのは当然かもしれません。しかし、その違いを間違っていると裁くことは、異文化の否定につながります。
「郷に入っては郷に従え」という言葉があります。それを盾に相手を変えようとする前に、自分の中のあたりまえを見直す必要があります。
箸の持ち方そのものではなく、その違いをどう受け入れるかが、本当のマナーです。
【結論:常識を疑う力こそがこれからのマナー】
私たち日本人にとって、箸は単なる道具ではありません。育ち、品性、社会性までをも表す文化的記号です。
しかし、それはあくまで日本の文脈なのです。中国人にとって箸とは「食べるための実用的なツール」にすぎません。
どちらが正しいという問題ではありません。違いがあるだけです。
その違いに「ムカつく」と感じるのも自然なことです。しかし、そこに怒りで蓋をしてしまえば、何も生まれません。
むしろ、「なぜムカつくのか?」と問い直すことが、異文化を理解するための第一歩になるのではないでしょうか。
自分の常識を絶対視せず、ときには疑ってみる。それこそが、本当の意味でのマナーであり、国境を越えて理解し合うために必要な姿勢だと、私は思います。
あとがき
あなたは「他人の箸の使い方」に、過剰に敏感になっていませんか?
その正しさ、本当に絶対ですか?
違いを笑い飛ばせる余裕こそ、これからの国際社会を生きる私たちに必要な視点かもしれません。
注釈
- 中国の人気リアリティ番組。2017年から2023年まで7シーズン放送された。芸能人たちが都会の騒々しい都市生活を離れ、田舎暮らしを体験する。 ↩︎
- EXOのメンバー。中国の男性歌手、俳優、ダンサー、シンガーソングライター。(https://ja.wikipedia.org/wiki/レイ_(歌手) 参照) ↩︎
- 中国一有名なベテラン司会者。(https://ja.wikipedia.org/wiki/何炅 参照) ↩︎
- 中国の俳優。料理が特技として知られ、教育にも関心がある人物である。 ↩︎
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