「また中国人か……」
こんなふうに感じた経験はありませんか?
エレベーターの中での大声、列の割り込み、道端での痰(たん)吐きやゴミのポイ捨て。日本の常識では「マナー違反」とされる行動に直面し、嫌悪感を覚えた方も多いでしょう。
でも、それは本当に「中国人はマナーが悪い」からなのでしょうか?
本記事では、中国人の行動がマナー違反とされがちな理由を、感情ではなく論理で読み解きます。背景にある文化や歴史、社会構造を掘り下げ、誤解を解く視点を提供します。
日本人が感じる「中国人のマナー問題」
日本国内で、次のような中国人の振る舞いに違和感を覚えた経験はありませんか?
- 公共の場で大声で会話する
- 道端で痰や唾を吐く
- 列に割り込む
- 夜遅くまで爆竹を鳴らす
- 食堂で料理を残し、床を汚す
- 公共トイレをきれいに使わない
- ゴミを分別せず、平然とポイ捨てする
日本の価値観からすれば非常識に映るこれらの行動ですが、実はその背景には文化的・歴史的な違いがあります。しかし、こうした行動の背後には、私たちが知らない前提があります。
実際にあった中国人のトラブル事例
あるマンションでは、中国人住民が複数人で一つの部屋をシェアし、住人が入れ替わるたびに誰が責任者なのか分からなくなるというトラブルが発生しました。
また、退去後には備え付けのエアコンやテレビモニターが消えていたというケースも。
観光地でも問題は顕著です。バイキング形式のレストランでは、大量の料理を取っては食べ残すという行動が見られます。また、床に食べ物やタバコの灰を落とす例も報告されています。
これらのエピソードを見聞きすると「やっぱり中国人は…」と思ってしまうのも無理はありません。
しかし、本当にそれだけで片付けていいのでしょうか?
マナー観の違いを生む文化・社会構造
中国社会では長年、「家族」や「個人」が最優先される文化が根付いてきました。
「公共1」という概念は比較的新しく、都市と農村の格差2がその形成を阻んできたのです。
教育格差の一例
農村部では約36%
(出典:中国国家統計局『教育統計年鑑2022』http://www.stats.gov.cn/)
都市部で高校卒業以上の教育を受けた人の割合:約79%
教育を通じた公共意識の育成が不十分であることが、マナーに影響を与えています。
また、「法に触れなければ何をしてもよい」という法中心の思考も、中国特有の法文化3によって根付いています。これは社会主義体制4下での政府統制や、1978年以降の急速な経済自由化5がもたらした価値観とも言えます。
上海万博6と「市民ルール46カ条」
2010年、上海で万博が開催される際、市当局は「市民マナー向上のための46カ条7」を発表しました。
内容には以下のようなルールが含まれていました(一部例)
「ごめんなさい、と言いましょう」
「順番を守って地下鉄に乗りましょう」
「トイレでは順番を守り、個室のドアを閉めて、水を流しましょう」
「パジャマで外を歩かないようにしましょう」
「プールで大小便をしないようにしましょう」
「レストランのバイキングでは決まった方向に動いて逆方向には動かず、順番を抜かさない」
驚くような内容ですが、裏を返せばこれらの行動が「日常的だった」ことを意味します。
これらのルールは、当時の市民生活において普通に行われていた行為を是正するために作られました。
ただし、パジャマ外出などについては、「市井文化8の一部」として擁護する声もあり、文化的価値観の対立が顕在化した象徴的な出来事でもあります。
当時の長江日報9の報道は以下のとおりです👇
”長江日報10月29日の報道によると、『パジャマ姿で外出10してはいけない』というのは、2010年に上海で万博が開催される前に、上海市政府が住民に対して求めたことだ。これは幅広い議論を呼んでいる。一方では、パジャマ姿は確かに国際的な礼儀に合わないという意見もあるが、政府がパジャマまで規制するとすれば、社会の自由度が低下するという声もある。
パジャマ姿で街を歩く、上海市井文化の典型的な光景?
上海の生活体験を持つ人なら誰でも知っているように、上海人にはパジャマ姿で街を歩く習慣がある。路地裏や市場、スーパーマーケット、道路、さらには有名な繁華街である南京路でも見かけることが多い。花柄のパジャマを着た女性が、かなり上品なパンプスを履き、路地の入り口で塩を買いに行ったり、髪にカーラーを巻いたままゴミを捨に出たりする。これは上海市井文化の典型的な光景と見なされている。
しかし、2010年に上海で万博が開催されることになり、この現代文明を代表する盛会の中で、小市民の「悪習」は許されなくなった。
インターネット上の調査では、パジャマ姿を許容する人が半数以上
多くの上海人は、なぜ家の近くで少し物を買うだけで、わざわざパジャマを着替えなければならないのか理解できない。
上海熱線網で2009年7月20日に開催された「上海人はパジャマ姿で街を歩くのが好きですが、あなたはどう思いますか?」という調査によると、現在までのところ、「素質が低く、不文明な行為」と考える人が多数を占めているが、42.03%にすぎない。「不文明ではなく、ただ便利を図っているだけで、正常なこと」と考える人は33.95%、「上海人がパジャマ姿で街を歩くのは正常で、見苦しい人は見なければいい」と考える人も24.02%いる。つまり、パジャマ姿を許容する人の割合を合わせると半数を超えている。
学者の意見:提唱はできるが禁止する権限はない
見ての通り、上海万博の現代文明はこの最も強力なライバル:着衣の自由に直面しなければならない。
复旦大学の社会学教授である胡守鈞氏は、自治会はパジャマ姿での外出を提唱することはできるが、禁止したり、事実上禁止したりする権限はないと考えている。「万博の理想的な状態は、一方で政府の効率と法に基づく執政能力を向上させ、もう一方で住民の自主意識や主体意識を向上させることである。政府が細かく、厳しく管理し、すべてを一手に引き受けるべきではない。そうすると、社会や住民の自主意識が萎縮する。各住民の積極性を十分に引き出し、万博開催に参加することを誇りに思わせるべきである」と胡守鈞氏は語っている。”
(本文出典:https://www.dzwww.com/synr/ttbt/shxwtt/200910/t20091029_5128086.htm漢網 – 長江日報 著者:張蕾)」
中国社会における“公共”と“自己”の優先順位
中国では、「自分の利益を守る」ことが重要視されてきた背景があります。
これは、文化大革命後の混乱や急激な経済発展による格差拡大など、社会の不安定さに加え、都市部での激しい競争社会が影響しています。
中国人民大学の社会調査(2018年、中国人民大学新聞学院発表:https://news.ruc.edu.cn/archives/220125)では、「公共の場でも自己主張を大切にする」と回答した人が58%にのぼりました。
つまり、中国では「自分を出す=悪」ではなく、「出さないと損をする」という生存戦略なのです。
日中マナー比較で見える価値観の違い
以下に、日本と中国の一般的なマナー観を比較しました:
行動 | 日本 | 中国 |
---|---|---|
公共の場での声量 | 小声が礼儀 | 声が大きいのは活発さの証 |
列の扱い | 並ぶのが常識 | 状況に応じて順番を抜かすことも |
食事のマナー | 食べ残しは失礼 | 満腹の証として多少残す文化も(近年は「食べ残しゼロキャンペーン(光盘行動)11」により改善されつつある) |
公共物への配慮 | きれいに使う | 使えれば良いという考えも根強い |
公共の清潔感 | 他者の迷惑を意識 | 清掃は清掃員の仕事と考える傾向 |
解決のカギ:3つの視点で読み解く異文化理解
- 背景を「知る」 行動の裏にある文化・歴史・教育制度を知ることで、誤解を解消する第一歩になります。
- 中立な視点を持つ 日本のマナーや価値観が世界標準ではないという視野を持つことが大切です。
- 制度と教育への注目 中国でもマナー改善に向けた教育プログラムや行政の啓発活動が増えており、変化の兆しがあります。
まとめ:怒りより理解を、偏見より知識を
中国人の行動が「マナーが悪い」とされがちなのは、単なる個人の問題ではなく、文化・歴史・社会構造が関わる複雑なテーマです。
大切なのは、表面的な振る舞いだけで判断せず、その背景にある理由を知ること。
怒りや偏見ではなく、知識と理解を持つことが、異文化共生の第一歩なのです。
注釈
- 「みんなで使う場所やもの」を意味し、公園・駅・トイレなどが該当する。 ↩︎
- くらしや教育の条件に大きな違いがあること。ここでは「都会と田舎の教育の差」を指す。 ↩︎
- 法律をどう捉えるか、どう使うかという文化や考え方の違いのこと。 ↩︎
- 国が経済や制度を強く管理し、個人よりも全体の利益を重視する政治の仕組み。 ↩︎
- 中国が海外との貿易を広げ、企業や個人の経済活動の自由度を高めた改革。鄧小平という指導者によって始まった。 ↩︎
- 2010年に中国・上海で開かれた世界博覧会。世界中から観光客や企業が集まる大イベント。 ↩︎
- 上海市が、万博に向けて市民のマナー改善を目的に出した46の行動ガイドライン。 ↩︎
- 都市のふつうの人々の、日常の暮らしぶりや習慣のこと。 ↩︎
- 中国湖北省を中心に発行されている新聞。地元のニュースや文化に詳しい。 ↩︎
- 中国の一部地域では、パジャマで買い物などに出かけることが長年の慣習として根づいていた。 ↩︎
- 「料理を残さず食べよう」という、中国政府が行っている食べ残しゼロ運動のこと。 ↩︎
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